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2006年1月15日 (日)

旭橋と西脇順三郎

小千谷を代表するものを挙げるとなれば、否応なしに国の重要無形文化財に指定された小千谷縮、泳ぐ宝石といわれる錦鯉、文化功労者に選ばれた詩人の西脇順三郎
それに信濃川と旭橋。
信濃川右岸に三国街道(現国道17号)、左岸に善光寺街道(現国道117号)が通る小千谷は、かつて両街道を結んだ重要な地点であったが手段は中子の渡しのみ。
明治20年(1887)11月17日に完成したのが木橋の旭橋。東西の道と町を結ぶ橋として利用されたが、洪水でしばしば流出するありさま。
昭和35年全長350m、幅員9.5mに拡張した鋼板桁の永久橋に姿を変えた。
昭和47年10月、旭橋北側に歩道橋が完成し、歩行者が安心して渡れるようになった。
平成4年の春に旭橋は化粧を直し、東西の親柱に西脇順三郎の詩歌を御影石に刻んではめこんだ。
いずれも順三郎が作詩した校歌の一節。
東詰めには小千谷高校
 「信濃川静かに流れよ 我が歌の尽くるまで」
  「つきせぬ思い若き日の 銀河にうつる高楼は見よ八海の春高し」。
西詰めには小千谷西高校
 「ああまたこの故郷に来てみれば 八海の山かすみ 信濃川は静かに語る」
  「ああまたこの故郷に来てみれば 冬の日は出白く浮きて 飛びくる鳥は天使の翼」。
信濃川を愛した順三郎が故郷の若者に送った詩歌は、暖かく格調高い。
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旭橋から上流を見れば、遠くに越後三山、近くには山本山が見える。
その頂上に絶佳な眺望とふるさと小千谷をこよなく愛した西脇順三郎の詩碑が立つ。
白御影の自然石で、北面に
「山あり河あり 暁と夕日とが 綴れ織る この美しき野に しばし遊ぶは 永遠にめぐる 地上に残る 偉大な歴史」
と刻む。短章の中に雄大な自然と幽玄な世界が漂う。
(上記の文は、信濃川河川事務所HPより。但し、赤い文と写真は私のものです。)

西脇氏作詞の校歌、「信濃川静かに流れよ・・・」は今でも覚えています。
両校の校歌に出てくる八海は、旭橋や山本山から見える越後三山の八海山です。
旭橋を渡り小千谷高校に通っていた頃を想い出します。
そうそう、旭橋の上で(当時は女子高の)小千谷西高校に通う子達とすれ違っていました。
私の親友は、すれ違いざまに西校の子と手紙の交換をしていましたが、住まいも中学校も全然違う所の子とどうして知り合ったのか・・・今も不思議です。^^

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コメント

阿武さんへ
そうですね!やはり車で移動する事を考えると、駐車場が狭かったり少ないなどの中心街は敬遠され、少し郊外でもゆったりできる店舗と広い駐車場の有るお店にお客さんが集りますね。

投稿: おーちゃん | 2006年1月16日 (月) 21時22分

あ~やっぱりそうでしたね。それにしても小千谷はインターが出来てからすっかり様変わりしましたね。蕎麦屋さんがみんなそっちに行きましたもんね。

投稿: 阿武さんのゆきあたりばったり | 2006年1月16日 (月) 20時41分

阿武さんへ
旭橋は東西の市街地を結ぶ中心の橋です。
小千谷ICを降りたR.291を東へ(小千谷駅へ)進むと有ります。
市内には信濃川に架かる橋が6つ有ります。
旭橋のすぐ南には、17年2月に開通した「山本山大橋」があり、市街地の渋滞緩和に貢献しています。
旭橋の北には、R.17小千谷バイパスの「小千谷大橋」と妙見堰の「越の大橋」が有ります。
前記の3つの橋は、私が小千谷を出てから出来た橋です。
昔、信濃川を渡る実家から一番近い橋は、旭橋か越路町の越路橋でした。

投稿: おーちゃん | 2006年1月15日 (日) 13時50分

旭橋ってわかりません。大体想像はついてるんですが。今度聞いておきます。それと越後三山は本当にハットするほどきれいですね。(高速上からしかみたことはありませんが)いい山容です。

投稿: 阿武さんのゆきあたりばったり | 2006年1月15日 (日) 09時12分

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