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2005年12月28日 (水)

時代劇 河井継之助

「継之助は戦をやりたくてやったんじゃない」・・・慈眼寺での談判の相手が岩村精一郎ではなく、山県狂介(有朋)か黒田了介(清隆)であったなら日本の歴史は変わっていたかも知れない。
時勢は容赦なく戦火を求め、継之助の望まぬままに北越戦争へと突き進む。
継之助と長岡藩は維新成就のための生贄とされてしまった。
継之助は長岡藩のそして日本国の未来を考え行動したが、その理想は時代の先を行くものであった為周りの理解を得ることが叶わなかった。
北越戦争が回避されていたら、本当に「お札の顔」になっていてもおかしくない人物との評価も頷ける。

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