« 一休み | トップページ | 抱き合わせ? »

2005年8月16日 (火)

「峠」

著者 司馬 遼太郎氏のこの小説は、越後の蒼龍「河井 継之助」率いる「越後 長岡藩」が北越(戊辰)戦争に至った経緯と激しい戦闘の模様および敗戦から「河井 継之助」の死に至るまで記されている。

私が最初に読んだのは二十歳を過てからであったと思う。当時の上司に「君は小千谷の出身だよね。あの河井継之助の長岡の近くだよね・・・」と言われてであった。もちろん名前とかは知っていたが細かい所までは詳しく知らなかったので、郷土の歴史を勉強するような気持ちで読み始めました。
当時の感想は、地元へのひいきからか北越から会津へそして米沢へと拡大する戊辰戦争に対し、なぜ戦いしか手段がなかったのか・・・と言う憤りであった。「小千谷談判」が成功し話し合いによる解決(和解)ができたら維新の流れも変わり、犠牲も少なくできたと思う。

二回目に読んだのは、四十歳を過ぎてからである。「河井 継之助」の武士道精神、負けると分かっていても正義を通す生きざまに感心した。「米百俵の小林 虎三郎」と比較されがちであるが私はどちらも立派だと思っている。

小説には、小千谷と長岡の知っている地名がたくさんでている。(当然か?)小千谷談判が行われた「会見の間」がある小千谷船岡山の「慈眼寺」・激戦の地「榎峠」と「朝日山」の古戦場・信濃川対岸の三仏生・長岡の摂田屋と四ツ屋町・・・などである。「峠」の記念碑も小千谷にあります。

ファンサイトなどで、「峠」はどこの峠か・・・と言う書き込みなどがあります。著者の意図する所は「榎峠」と思っていますが、「小千谷談判」こそが河井継之助および長岡藩の運命の「峠」であったと思います。
奇遇な事に、戊辰戦争が終結する米沢藩との最後の戦いの地は、米沢街道にある「榎峠」です。

興味を持たれた方は左の「COCOLOGーBOOKS」でどうぞ!http://nifty.bk1.co.jp/product/2377682/nifcc42e33d9d01e5c80
http://nifty.bk1.co.jp/product/2377680/nifcc42e33d9d01e5c80
http://nifty.bk1.co.jp/product/2377681/nifcc42e33d9d01e5c80

| |

« 一休み | トップページ | 抱き合わせ? »

コメント

Racexpさんへ
慈眼寺も復興の義援金をお願いし、現在本堂の復旧工事を行っています。周辺の船岡山は桜の名所であり、小さい頃からよく行っていた所でした。私も微力ながら小千谷の一日も早い復興のためにできるだけのことをしたいと思っています。

投稿: おーちゃん | 2005年8月18日 (木) 21時49分

こんばんは
戊辰戦争の河井継之助と岩村精一郎の会見が行われた慈眼寺、昨年行ってきました。
小千谷市内もけっこうややこしい道でいっぺんに行くことが出来ませんでした。
まさかそのあと中越地震がくるとは夢にもおもっていませんでした。帰りはあの崩落現場となる旧17号を経由しました。
早い復興が待たれます。

投稿: Racexp | 2005年8月18日 (木) 19時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「峠」:

» [司馬遼太郎を読む]
壮大な野心を藩の運命に賭して幕末の混乱期を生きた英傑河井継之助の生涯 [続きを読む]

受信: 2005年9月30日 (金) 00時06分

« 一休み | トップページ | 抱き合わせ? »